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『星降る夜に、花束を』 第2話 「恋獄」 その5

 高台を降りると、既に周囲は白いもやに覆われており、周囲の様子を見渡すことも出来ないほどになっていた。
 あちこちから状況を確認する冒険者たちの声が聞こえてくる。
「ご主人……」
「分かってる。みんな、はぐれないで固まって行動してっ」
 周囲に呼びかけ、ナンはカイトやミシャとこの後のことについて話し合うことにした。
「それで、これからどうしよう?」
「俺達の目的はこの霧の発生の原因解明と霧の中に蠢く何かを駆逐することだ」
 カイトの言葉に、ナンは昼間に会ったタイタニアの女性の言葉を思い出した。
「昼間の女性の話が本当だとすれば、この湖のどこかにベーリック号が出現しているのよね? 私はそれが怪しいと思うわ」
「あんなのは口から出任せか、狂言に決まってるさ」
「でもぉ、手がかりはそれぐらいしかないのですしぃ、とりあえずは湖周辺を移動しながら、船を捜してみるというのはどうでしょうかぁ?」
 ミシャの言葉にカイトは渋い顔をしながら頷いた。
 と、そこで周囲に集まっていた冒険者たちがゆっくりと移動を開始し始めた。
 ナンたちの会話を聞いていたというわけではないが、どうやら調査隊はウテナ湖沿岸に沿って移動するようだった。
「昼間の女性もぉ、ここにいるんでしょうかぁ?」
 ナンたちもその集団に混じり、周囲を警戒しながら歩を進めた。
「こうも視界が悪いと、モンスターが近づいてきても分からないわね」
「そこは俺達自身の経験でカバーするしかないさ」
「うーーん」
 と、そこでミシャが難しい顔をしていることにナンは気付いた。
「ミシャ、どうしたの?」
「いえ~、探査魔法を飛ばそうとしたんですけど、なんかこの霧、魔力が含まれているようで魔法が上手く機能しないんですよぅ」
「魔力が含まれた霧?」
 霧というのは水分を含んだ大気が冷やされることにより、水滴化したもののことを言う。その霧に魔力が含まれているとミシャは言ったのだ。
「やっぱりこの霧は自然のものじゃないってことね」
 そうなるとやはり話に出てくる船影が怪しくなってくる。それがベーリック号か否かは別としても、その船影がこの怪異の鍵を握っているのは間違いないだろう。
 既に調査隊は湖の四分の一を回っていた。
 しかしいまだに船影はおろか、怪しい人影さえも見つからない。
 周囲を視認出来ない状態での移動というのは大きな精神的疲労を与えてくる。敵がどこにいて、自分たちにどんな危険が迫っているのか。冒険者達は目に見えない敵と戦いながら、次第に披露の色を濃くしていった。
「ご主人……うち、ちょっとだけ湖の方を見てくるわ」
「ダメ。危険すぎるわ」
「いや、でも、うち霊体やし……」
「それでもダメ。千夏を危ない目に遭わせたくないのよ」
「大丈夫やって! 少し見てくるだけやから!」
「あ、千夏!」
 ナンの静止の声も聞かず、千夏は湖の方へとふらふらと飛んでいった。
「おい、さっきから何をぶつぶつ言ってるんだ?」
 前を歩いていたカイトが振り返り、胡乱な視線を向けてくる。
「な、何でもないわ……」
 ナンは頭を振りながら、千夏が無茶をしないように心の中で祈りを捧げた。


 ナンと別れた千夏はまっすぐにある地点へと向かっていた。
 それは湖ではなく、調査隊のルートから大きく離れたところにある丘の上だった。
(この感覚……うち、知ってる)
 千夏の心、いや魂が何かに引き寄せられるかのように共鳴している。
 丘の上にやってきた千夏は周囲をぐるりと見回した。
 周囲は相変わらず霧に覆い隠されているが、それでも沿岸部分ほどに深くはない。ヴェールがかかったかのような視界の中、千夏は必死に目を凝らす。
 そして丘から湖沿岸を、いや調査隊を見下ろす一人の少女の姿を発見する。純白の法衣に真紅の袴。そして黒曜石のように光沢を放つ漆黒の長い髪には、異国の花をあしらった簪。調査隊を見下ろす彼女の瞳からは一切の感情が読み取れず、まるで精緻な人形を見ているかのような錯覚さえ感じさせる。
「あ、ああ……」
 千夏は自分の見ているものが信じられないというように唇を震わせた。
 その声に反応してか、少女の視線がふっと千夏へと向けられる。しかしそれは通常ではあり得ないことだった。
 ネコマタはその魂と共存する者にしか姿を見ることが出来ない。だから千夏の存在を知覚出来るのはナンただ一人。そのはずだった。
 しかし目の前の少女は確かに千夏を視認していた。その視線はまっすぐ千夏へ向けられ、
「貴女は誰?」
 そしてそっと口を開いた。
少女は自分の胸に手を当てると、すっと目を閉じた。そして何かを思い出すかのように、そのまま小さく項垂れた。
「貴女からはとても懐かしい感じがするわ、幽霊さん。どこかで私とお会いしましたか?」
 千夏は言葉を発するのも忘れ、ぎこちなく首を振って答えた。
「そう……不思議ね。なんだか貴女を見ていると、ずっと長い間一緒にいたような、そんな感覚になってしまうんです。ふふふ、おかしいですね」
 そう言って小さく微笑む少女に、千夏は唇をかみ締めてこみ上げてくる激情と言葉を無理やり押さえ込んだ。
「誰と話しているんだ?」
 と、そこへ別の声が割り込んできた。
 いつの間にか少女の背後には白髪の青年が佇んでいた。右目を眼帯で覆ったその青年は少女の視線の先を目で追うが、しかし千夏の存在を知覚することが出来ず、訝しげに眉をひそめていた。
「そろそろアレが現れる」
「ええ」
 青年の言葉に頷き、少女は最後にもう一度千夏へと視線を向けると、
「ここはもうすぐ危険な戦場になるわ。怪我をしないように、湖には近づかないでね、幽霊さん」
そう言い残し、青年と共に丘を降りていった。
 一人残された千夏は遠ざかっていく少女の背中を見つめたまま、掠れた声でそっと呟いた。
「ふぶき、ちゃん……」
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『星降る夜に、花束を』 第2話 「恋獄」 その4

 そして夜が訪れた。
 今回の調査隊に志願したのは、ナンを含めて総勢二十一人。
 全部で七つのチームがあることになる。彼らのベースキャンプはウテナ湖から少し離れた高台の上にあった。ここからならウテナ湖に異変があってもすぐに気付くことが出来るからだ。
 キャンプでは冒険者たちが己が冒険譚を肴に大いに盛り上がっていた。
 ナンはそれを少し離れたところからぼんやりと眺めていた。
「ご主人、あの中に入らんでええの?」
 千夏の言葉にナンは小さく首を振った。
「少し考えたいことがあるの」
 ナンの頭を占めるのは、昼に出会った女性のことだった。
 事故で死んだ恋人が何らかの原因でゾンビとして、この地をさ迷っている。それを浄化しに来たのだと女性は告げた。
 何故だろうか。胸が痛かった。まるで自分の中の思い出したくない記憶を刺激されたかのように。
 思い出すのは、ミフィのナノマシン実験で思い出した記憶の一部。
 炎に揺れる世界。辺りには血が飛び散り、そしてナンを負の感情のこもった瞳で睨みつける少女。
『許せない……』
 その少女がナンを責める。
『どうして、夏姉さまを殺したの! ノン姉さま!』
 ナンは項垂れると自分の前髪をくしゃりと握り締めた。
(どうして、こればかり思い出すんだろ……)
 少女の悲痛な叫びを思い出すたびに、胸が――心が痛くなる。
 それはナンを責めるあの少女への負い目からか。それとも失ってしまった何かのためか。
「隣、いいですかぁ? あ、これどぅぞ~」
 そこへ飲み物を両手にミシャがやって来た。
「ん、ありがと……」
 飲み物を受け取り、ナンはそれをこくっと飲み干した。
「これ、お酒?」
「はぃ~。あっちで果実酒が振舞われていたので貰ってきましたぁ」
「でも、何だか果実酒にしては味が……」
 ほの甘い後味の中にかすかな苦味が存在する。ナンの言葉にミシャは口元を綻ばせると、
「分かりましたぁ? 実はぁ、ルーン草の粉末を混ぜてるんですよー」
「ルーン草?」
「はいー。ルーン草には心を落ち着かせる効果があるので、混ぜてみましたー」
「そっか……ありがとね」
 ぼんやりしているように見えて、案外ミシャは鋭いのかもしれない。ナンはミシャへの評価を改めながら、ウテナ湖へと視線を向けた。
 夕闇の帳に包まれたウテナ湖は異変の予兆もなく、ただ寂とそこに存在している。
 今頃、あの女性はどうしているのだろうか?
 町に戻っているのか、それとも今もウテナ湖で怪異が起きるのを待っているのか。
 お酒で心が落ち着いたからなのか、次第にナンは眠気に襲われ始めた。
「ごめん、少しだけ眠るね……」
「はい~」
 何かに導かれるように、ナンはそのまま眠りへと落ちていった。


 夏姫の暗殺を命じられた『私』だが、指示が出るまでは夏姫の侍女として傍に控えることになった。
 『私』が夏姫の侍女になって、もう五日が経つ。しかしいまだに実行の指示はない。
「そろそろ時間、ね」
 誰もが寝静まる刻限。そっとあてがわれた部屋を抜け出た私は、縁側から庭へと出ると指定された場所へと向かった。そこにはキヨミツの姿があり、感情の宿らない瞳で『私』を見つめていた。
「不満そうだな」
 キヨミツの言葉に『私』は肩をすくめてみせた。
「不満はないわ。でも大まかでいいから、いつまでこんな茶番を続けるのか教えてもらいたいものね」
「茶番か……」
「ええ、茶番よ。それに、何なの、あの子。一日中、縁側に座って歌を歌ってるだけじゃない。こっちが話しかけても何も答えないし。感情らしいものも感じられない。あんなのが本当に姫なの?」
 この五日間で『私』は夏姫に何度か話しかけてみた。しかし返ってくるのはきょとんとした表情だけ。何か言葉を返すでもなく、すぐに関心をなくしたかのようにまた歌を歌い始めるのだ。
「……事情があるんだ、彼女にも」
「事情?」
 しかしそれにキヨミツは何も答えず、話は終わりだというように踵を返す。
「お前にはまだしばらく夏姫様と共に暮らしてもらう。必要なものがあれば俺に言え。可能な限りで用意してやろう」
 それだけ言うと、夜の闇に溶け込むようにキヨミツは姿を消した。
「…………いるんでしょ?」
 そしてナンは虚空に向かって囁くように呼びかけた。
 返事はない。しかし屋根から着地音すらさせず、地上へ舞い降りたのは闇色の衣装を身にまとった白髪の青年だった。右目には漆黒の眼帯をしており、残った左目が淡々と『私』を見つめ返してくる。
 彼の名前は朔。彼もまた『私』と同じく暗殺ギルドの一員であり、『私』のパートナーでもあった。実行が『私』ならば、彼は後方支援が主な活動となる。
「話は聞いてたんでしょ?」
「ああ」
「夏姫、彼女は何なの? 一国の姫にしてはこの環境は異常すぎるわ」
「彼女のことが気になるか?」
「別に。ただ、自分の立っている場所がどういう場所か知らずにいられるほど楽観的になれないだけよ。下手をしたらトカゲの尻尾切りよろしく、そのまま自分も道連れになることだってあるわけだしね」
「道理だ」
「で、あんたのことだから、もう調べ上げてるんでしょ? この国について、あと夏姫について知ってることを教えてくれないかしら?」
「……了解した」
 朔は報告書を読み上げるように、この国の実情を語り始めた。
 その内容をまとめると、こうなる。
 ヤマト。それはファーイーストからさらに東、海を渡った先にある孤島に存在する小さな国家の名前だ。周りを海に囲まれ、外国と関係を持たないヤマトは、やがて冒険者たちによって発見されるまで独自の文化を築き上げてきた。
 今でも閉鎖的な国風は変わらないものの、少しずつ貿易なども行われるようになってきている。着物や簪などといったものも全てヤマトから輸出されているものらしい。
 そんなヤマトを治めているのはフユツグという男だ。ヤマトは世襲制を原則としており、フユツグの一族は代々ヤマトを治めてきた。少々特殊だったのは、ヤマトを治めるのは男子でも女子でも構わないという制度であり、ヤマトは時に王を、時に女王を戴いてきた。
「そこまでは私も知ってるわ。夏姫はフユツグの娘なんでしょう?」
「ああ」
 そこが『私』には分からなかった。ヤマトを継ぐ資格を持つ姫をどうしてこんな環境に置いているのか。
「フユツグはとても優れた統治者らしいな。民の声をよく聞き、政治を治めている。事実、彼の即位後今まで国内で大きな争いが起きたことなど一度としてない。だがそんなフユツグにも欠点が一つあった」
「欠点?」
「ああ、フユツグが生まれつきの虚弱体質らしく、子供を作ることさえ難しいと言われていた。世継ぎ問題も囁かれていたそうだが、やがて紅姫を妻に迎え、その間に子供が生まれる」
「それが夏姫ね」
 しかし朔は首を振ると、意外な言葉を口にした。
「いや、フユツグと紅姫の間に出来た子供は吹雪。夏姫はフユツグと妾との間に生まれた子供だ」
「……妾? 愛人ってこと?」
「ああ。紅姫を迎える前、フユツグは周囲に内密で関係を持った女性が一人いたらしい。彼女の名前は香。香はフユツグの身の回りの世話をする侍女の一人だった。そして紅姫が身篭ったのと同時に、彼女もまたフユツグの子を身篭ってしまった」
「なるほど。少しずつ分かってきたわ」
 紅姫が夏姫のことを忌み嫌っていた理由。そして夏姫を暗殺してくれという依頼。不明瞭だった点が一つの線へと結ばれていく。
「香は子供を出産。生まれた子供の名前は夏と名付けられた。香は夏の存在がフユツグの立場を悪くすることを危惧し、夏を連れて国を出ようとした。しかしフユツグは香と夏を手放すことが出来ず、隠れ屋敷に隠遁させることにしたらしい」
「ここがその隠れ屋敷ってことね。ん? でもおかしいわ。フユツグは香と夏をこの屋敷に住まわせることにしたんでしょ? でもここには夏しかいないわよ?」
「ああ。フユツグはそれらのことを内密に行おうとしたらしいが、どこからか夏の存在が紅姫の耳に入ったらしい。夏は吹雪より先に生まれているからな。このままでは夏が――妾の子がヤマトを継ぐのではないか。紅姫はそんな事態を危惧し、フユツグに香と夏を死罪にするよう献上した。しかしフユツグは首を縦には振らず、夏を自分の跡取りとすることはないと断言した」
「優しすぎるというのも問題ね。本人にそのつもりがなくとも、夏の存在を利用したがる連中はいくらでもいるでしょうに」
「そうだ。紅姫は夏の存在が自分の娘である吹雪の女王即位の障害になることを危惧した。今回の夏姫暗殺はそういう背景を下に依頼されている。香はこの屋敷へ来る途中に病死したと記録にはあるが、恐らくは紅姫の仕業だろうな」
「なるほどね。でもどうして紅姫は夏の暗殺を私たちに依頼してきたのかしら。既に香を殺しているのだから、夏も同じでしょうに」
「そこはまだ分からん。引き続き、調べてみることにしよう。だが夏の暗殺指令が下るのはまだ先のことだと思う。分かっているとは思うが」
「ええ、感情移入なんてしないわよ。それがどれだけ愚かなことか、今まで嫌と言うほど見てきたんだから」
 朔は小さく頷くと、跳躍。そのまま屋根の上へと姿を消した。
「夏姫、か」
 同情はしない。そんな感情は既に捨て去った。夏姫のことが知りたいと思ったのも、任務のためだ。だから時が来れば、きっと『私』は夏姫を殺す。殺せる。
 そう、このときはそう思っていたのだ。
 だけど……

「おい、起きろっ!」
 剣呑な声にハッと目を覚ますと、キャンプでは大きな騒ぎが起きていた。
 辺りは日が沈み、宵闇に包まれている。焚き火に照らされるほの暗い視界の中で、幾人もの冒険者が忙しなく駆け回っている。
「怪異が起きたぞ。さっさと準備しろ」
 既に武装を整えたカイトの声に、ナンはウテナ湖を見やる。
 先ほどまでは静寂を携えてそこに存在していた湖。しかし今や、その湖一面は白いもやのようなものに覆い包まれ、禍々しさと不吉さを孕んだ空気を周囲に撒き散らしていた。

『星降る夜に、花束を』 第2話 「恋獄」 その3

 女性の言葉に真っ先に我へと帰ったのはカイトだった。
 カイトは胡乱な瞳で女性を見返した。
「殺しにって……お前、殺人は重罪だぞ?」
「そ、そうですよぅ~」
 ミシャも慌てて追従してくる。
 しかし女性は諦観にも似た笑みを浮かべるだけだった。
「俺たちで良ければ話を聞いてやる。だから思い直すんだ。どんな男か知らないが、下らない男のせいで人生を棒に振ることもないだろう?」
「っ! あの人は下らなくなんかっ!」
 カイトの言葉に、女性が声を荒げる。その意外な反応に、カイトは目を瞬かせた。
「なぁ、ご主人……」
「うん、何か様子が変ね」
 人を殺す、と言う割りに女性の言葉からは敵意や憎悪といった感情は感じられない。
 むしろ、その相手を慈しむような響きさえ感じられる。
「事情を聞いてもいい? 私たちで力になれることがあるかもしれないし」
 ナンの言葉に女性は目を伏せ、何事かを考えている様子だった。
 やがて女性は視線をナンたちへと戻すと、事の始まりを語り始めた。
「貴方達はベーリック号という客船をご存知ですか?」
 ベーリック号。それはナンだけでなく、恐らくはアクロニア中の人が痛ましい記憶として心に刻んでいる単語だろう。
 遠く離れた地へ移動するには飛行庭が用いられることが多いが、もう一つの移動手段が船だった。飛行庭より運賃が安く、主に民衆に人気のある移動手段でもある。
 ベーリック号もそんな客船の一つで、アイアンサウスからトンカを結んでいた。
 そして去年の冬。
 ベーリック号は航海中に嵐に巻き込まれ、海へと沈んだ。中に乗っていた五百人という命を道連れにして。
「おいおい、まさか怪異の中に出てくる謎の船が、そのベーリック号だっていうのかよ」
 カイトの言葉に、女性は深く頷いた。
「ちょ、ちょっと待ってよっ! 沈没したベーリック号がどうしてウテナ湖なんかにっ」
「それは分かりません。ですが、夜になると霧と共にこのウテナ湖にベーリック号が現れるのは確かです。私自身、目にしていますから」
「えっとぉ、じゃあ霧の中をさ迷う人影というのはぁ、ベーリック号に乗っていた人たちってことですかぁ? わわわ、幽霊船と幽霊ってことですねぇ」
「おいおい、幽霊や幽霊船なんてあるわけないだろう」
 本気で信じ込んでいるミシャに対して、カイトはいまだ半信半疑という感じだった。
「じゃあ、貴方が殺しに来た恋人っていうのは、まさか」
「ええ、その船に乗っていました。彼の魂はいまだ船に囚われているんです。だから私は彼を殺しに来たんです。その魂を浄化するために」
「…………はぁ」
 女性の言葉に深くため息を吐いたのはカイトだった。
「阿呆らしい。そんな与太話に付き合ってられるか」
 そう言って、女性に背を向けて歩き出す。
「ちょ、ちょっとぉ、カイトさん~?」
 慌ててその後を追いかけるミシャ。ナンはそんな二人の背中を見送りつつ、いまだにその場に留まっていた。
 確かに突拍子もない話だ。カイトの反応も当然のように思える。だが、ナンは何故かこの女性の言葉を疑うことが出来なかった。
 それはきっと、女性が湖を見つめていたときの憂いに満ちた表情。その中から覗く空虚な何か。それを感じてしまったから。
 それが自分の中の何かと重なった気がしたのだ。
「それじゃあ、私も失礼します」
 沈黙するナンにぺこりと一礼し、女性は湖を去っていった。
「ご主人……」
 気がつくと、千夏が今にも泣き出しそうな表情でナンを見つめていた。
「千夏……?」
「ご主人のそんな顔、うち見たくない……」
 千夏に言われて、初めて湖面に映る自分の顔がひどい顔をしていることに気付いた。
 悲しみと絶望と空虚。それらが混ざり合って一つの形を成したような表情。
 女性が浮かべていた表情より、さらに暗い影を落としている。
「ご主人……」
「ごめん、千夏。もう大丈夫」
 心配する千夏に微笑みかけ、ナンはカイトたちの後を追いかけた。
 女性の言葉が本当なのかどうか、それは今晩はっきりとするだろう。

『星降る夜に、花束を』 第2話 「恋獄」 その2

 ウテナ湖。アクロポリスから南東に位置するその湖は釣り人の間で人気のスポットであり、また周囲に自然が多いことからハイキングやキャンプなどにも使われる場所であった。
 しかし怪異の噂が立って以来、そのウテナ湖にも人の姿を見ることはなくなった。
 ナンは千夏と湖周辺の調査に出ることにした。
 ウテナ湖に生息しているモンスターはさほど危険というわけでもなく、単独行動も可能だったが、今はどんな危険が潜んでいるかも分からない状況。必然と調査隊の中から少数でチームを組むこととなった。
 ナンに同行するのは、真紅の髪を短く刈り上げたナイトの男性と、それとは対照的に癖っ気のない青い髪を背中半ばまで伸ばし、リンゴのアプリコットがついた帽子を被ったシャーマンの女性だった。
 精悍な顔つきに白銀の鎧で身を包み、辺りを注意深く観察する男性に対し、東から伝えられたという異国の衣装に身を包んだ女性の方はおっとりとした表情で、まるで散歩でもするかのように足取り軽く歩いている。
 男性の名前はカイト。女性の名前はミシャ。どちらも二十台前半で、ナンとそれほど歳も離れていない。同じ年頃の冒険者だ。少しは会話も弾みそうなものだが、神経質そうなカイトのせいか、三人の間で口数は少なく、ただ淡々と周囲を調査し続けることとなる。
「うぅ……なんかこの空気嫌やわぁ」
 ナンの横で千夏が不満そうに唇を尖らせる。
 ネコマタ。それが千夏の種族の名称なのだそうだ。過去の戦争で絶滅したとされる猫という種族の魂が霊体となったものらしい。ネコマタがその存在を維持し続けるためには、憑りついた人の熱量、つまりは生命エネルギーを糧にしなければならない。
 必然、宿主が死ねばネコマタも消滅することになる。運命共同体。そう言えば聞こえはいいかもしれないが、ネコマタを憑けるということは宿主の寿命を日に日に削っていくということだ。普通なら遠慮願いたいものだが、不思議とナンは千夏にそういった感情を抱くことはなかった。
まるで古くからの友人であるかのように、二人でいることが当たり前のように感じられるのだ。千夏との出会いをナンは覚えていない。記憶を失って倒れていた自分が意識を取り戻したとき、すでに千夏はナンに憑いていたのだ。
 だから千夏と過去の自分との間に何があったのかは分からないが、恐らく過去の自分もまた千夏とこうして仲良くやっていたのだろう。
「ねぇねぇ、ナンさぁん」
 沈黙に耐えかねたのか、ミシャが話しかけてくる。性格を表す、独特の間延びした声。カイトはイラッとしたかのように鋭い視線を一瞬だけ向けてくるが、ミシャはそれを気にした風でもなく、ナンの横に並ぶ。
「何か異変って感じられましたぁ?」
「ううん、特に何も。普段のウテナ湖よね」
「ですよねぇ。磁場も乱れてないしぃ、精霊さんも何もないって言ってますぅ」
「しかし、それでも怪異は起きているんだ。それを調べるのが俺たちの役目だろ」
 口を挟んできたのはカイトだった。
 ドミニオンと呼ばれるコウモリのような漆黒の羽と尻尾を持つ種族。彼らは別世界から渡ってきた種族で、彼らの住む世界ではDEMと呼ばれる侵略者と日々闘争を繰り広げているという。そんな世界に生きてきたからか、カイトは直情的な性格をしているようだった。
「ですけどぉ、たぶん今ここを調べても何もないと思いますよ~?」
「確かにね。まずは夜まで待って、その怪異を実際に見てみる方がいいのかも」
「だがっ」
 口論になりかけたとき、湖の岸辺に一人の女性が佇んでいることにナンは気付いた。
「……人がいる」
「あら、本当ですね~」
「現地の人間か?」
 女性は純白のローブに身を包み、憂いを帯びた表情で湖面を見つめている。その背には天使のような翼が生えている。
 タイタニア種族と呼ばれる、これもまた別の世界からやって来た種族だ。
「おい、そこで何をしているんだ」
 カイトが女性に声をかけると、女性はゆっくりとナンたちの方へ振り返った。
 肩口までの軽いウェーブのかかった金色の髪が、太陽の光を受けて星屑のように輝く。
「湖を……見ていました」
 女性はそう言って、視線を再び湖へと向ける。
「湖? どうして湖なんか……」
 思わず聞き返すナンに、女性は悲しげな笑みを口元に浮かべた。
「ここで、やらなければいけないことがあるんです」
「やらなければならないこと、ですかぁ?」
「ここは今怪異が起きる場所として、危険地域になっている。俺たちで出来ることなら、お前の代わりにやっておいてやる。だから一般人は速やかに立ち去れ」
 カイトの言葉に、しかし女性は首を振った。
「これは……私がやらなければならないことなんです」
「……やらなければならないことって?」
 そして次に女性が口にした言葉に、ナンたちは絶句した。
「恋人を……殺しに来ました」

『星降る夜に、花束を』 第2話 「恋獄」 その1

 頭上には陽気な陽射しを遠慮なく投げつけてくる太陽。後ろで束ねた長い髪を揺らすそよ風の囁き。遠くの森から響いてくる虫の鳴く音が耳を打ち、気がつくとその肌にはじっとりと汗が浮かび上がっている。
 エミル世界は今や夏の真っ只中だった。
「うわぁ、大きな湖やねぇ♪」
 目の前に広がる、まるで海と勘違いしてしまいそうな広大な湖。見渡す限り湖面が広がるその光景に歓声を上げる千夏を微笑ましく眺めながら、ナンは今回の依頼について思い返していた。

『ウテナ湖に発生した謎の霧の正体を探って欲しい』

 それが今回の依頼の内容だった。
 先日、ウテナ湖全体を覆う霧がどこからともなく発生した。霧は深く、ウテナ湖周辺を覆い隠してしまったのだ。
 アクロポリス評議会はこの霧に対処するため、冒険者たちに調査を依頼した。
 しかし霧はいつの間にかその存在を消し、調査隊が訪れたときには普段のウテナ湖に戻っていたという。
 最初は気候の影響などが原因ではないかと考えられていたが、だが異変はまだ続いていたのだ。
 夜、日が沈むと再び霧が発生し、ウテナ湖を覆い隠した。近くを通りかかった市民の話によると、霧の中で蠢く不気味な人影を見たと言う。それも一つや二つではなく、もっと多くの数だったそうだ。そして恐怖に駆られた市民が逃げ出そうとしたとき、どこからともなく船の汽笛が聞こえ、霧の中に巨大な船影らしきものを見たという。
 夜になるとウテナ湖に発生する謎の霧と蠢く人影、そして浮かび上がる船影。
 この話は瞬く間に広がり、いつしかその現象はウテナ湖に幽霊船が霧と共に姿を現し、犠牲になった船員たちが霧の中をさ迷っているという話に変化してしまった。
 まだ危害を受けた人はいないが、ウテナ湖近辺に人はおろか行商人さえ近寄らなくなり、このままではアイアンサウス方面との貿易に支障をきたしてしまう。
 アクロポリスは二度目となる調査隊を募集し、ナンはこの調査隊に志願したのだった。

 揺れる馬車を降り、多くの冒険者たちで賑わう真昼のウテナ湖。
 千夏は初めて見るその巨大な湖に目を輝かせている。
「なぁなぁご主人! この湖って魚とかいるんかな!?」
「まぁ、いると思うけど……危ないからあまり湖に近づいちゃダメだからね」
「分かってるって♪」
 春風の中を舞う蝶のようにふわふわと辺りを陽気に飛び回る千夏。
 一見平和そうに見えるウテナ湖だが、いまだに怪現象は収まっていないのだ。
 ナンは日の光を照り返し、静かに波紋を浮かべる湖を険しい表情で見つめるのだった。
遊びに来られたお客様
☆はじめに☆
このページ内におけるECOから転載された全てのコンテンツの著作権につきましては、株式会社ブロッコリーとガンホー・オンライン・エンターテイメント株式会社および株式会社ヘッドロックに帰属します。 なお、当ページに掲載しているコンテンツの再利用(再転載・配布など)は、禁止しています。
プロフィール

ナン☆

Author:ナン☆
年齢:24歳
誕生日:6月22日
血液型:A型
活動鯖;フリージア

どうぞ、ゆっくりしていってくださいな♪

画像(麻衣)はメイファスさんが描いてくれました♪
ありがとうございます^^

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ECO SNSに登録してます。 登録名は*レンシア*です。 色々な人とお話してみたいなーと思っていますので、フレ申請などお気軽にどうぞ♪
ECO友イベントって何?
ECO友イベントとは、チャットルームで色々な人と楽しくおしゃべりしながら季節&フシギ団イベントなどをやろうというコミュニケーションイベントです♪ 初心者、熟練者問わず、色々な人とお友だちになりたい、なって欲しいという願いから行ってます。大体は日曜日20時からフリージア鯖にてやっております。イベント当日は情報と専用茶室を上げてますので、参加希望者は遠慮せず声をおかけください^^
FC2小説
こちらにも『ナン』で小説を登録しています。 ECOとは無関係な作品ですが、よければご覧下さい。 著者名検索で『ナン』と打っていただくか、作品検索のフリーワードのところに『ブレインキラー』と打っていただければ見つかると思います^^ http://novel.fc2.com/
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